2026年10月3日(土)から12月6日(日)まで、京都市京セラ美術館 新館 東山キューブで「禅とジブリ」京都展が開催されます。スタジオジブリと禅の世界が出会う、この時代だからこそ意味を持つ企画展。本記事ではまず、なぜジブリ作品と禅が響き合うのか——坐禅を続けてきた一人として感じてきたことを手記として綴り、そのうえで展覧会の情報を簡単にご案内します。
ジブリ作品の根底に流れる「禅」
情報があふれ、SNSの通知が鳴り止まず、心がいつも揺れている現代。そんな時代に、禅の智慧と、半世紀近く人々の心に寄り添ってきたスタジオジブリの作品世界が、京都で出会う——その交差点に、私はとても惹かれています。
『もののけ姫』でアシタカは「曇りなき眼で見定め、決める」と語ります。人と森のどちらかを悪と決めつけず、憎しみの呪いを身に受けながらも、あるがままを見ようとするその姿勢は、先入観や分別を手放して物事をそのまま観る——坐禅で養われる「観る」力と重なって見えます。
『千と千尋の神隠し』は、名前を奪われた少女が、名前を取り戻す物語です。禅には「本来の面目」という言葉があります。肩書きや評価を剥ぎ取った先にある、本来の自分とは何か——湯屋で無心に働くうちに千尋の顔つきが変わっていく姿は、掃除や食事の支度といった日々の作務をそのまま修行とする禅の暮らしを思わせます。
『風の谷のナウシカ』の腐海は、世界を毒す森に見えて、実は水と大地を浄化していました。「汚れている」と見るか、「浄めている」と見るか。同じものが、心の持ちようでまったく違って現れます。蟲を憎まず、怒りに我を忘れた王蟲の群れにさえ心を開いていくナウシカの姿には、敵と味方の線引きを超えた慈悲が宿っています。
そして宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』。眞人は、美しく積み上げられた世界に残る道を選ばず、自分の中の悪意を認めたうえで、不完全な現実へと帰っていきます。悟りの世界に安住せず、再び人々の暮らす日常へ還って生きる——禅の「十牛図」の結末を思わせる幕切れです。そしてタイトルの問いに、作品は答えを与えません。問いを抱えたまま生きること、それ自体が、公案を抱いて坐る禅の時間とよく似ています。
坐禅を続けてきた一人として、ジブリ作品の根底には、こうした禅の世界観と響き合うものが流れているように感じています。その「禅とジブリ」の交差点が、京都という千年の都でどんなかたちで示されるのか。私自身、とても楽しみにしています。
本展は、宮﨑駿監督作『君たちはどう生きるか』を中心とした構成と発表されています。上の手記で触れた『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『風の谷のナウシカ』などの作品は、私が「禅とジブリ」のつながりについて個人的に綴ったものであり、本展で展示される作品を示すものではありません。実際の展示内容・出展作品は、必ず公式サイトでご確認ください。
「禅とジブリ」京都展について
展覧会の概要は以下のとおりです。観覧料・チケット・休館日・最新の展示内容などの詳細は、展覧会公式サイトをご確認ください。
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ(京都市左京区岡崎円勝寺町124)
主催:読売テレビ、読売新聞社、ぴあ、京都市/企画・制作:スタジオジブリ、日本テレビ ▶ 公式サイトで観覧料・チケット・最新情報を見る
展覧会の前後に、京都で坐禅を
京都は日本の禅文化の中心地で、臨済宗・曹洞宗の本山級の寺院が数多くあります。観光寺院だけでなく、一般の方が参加できる坐禅会を開いているお寺もたくさんあります。展覧会で禅に触れたあと、その余韻を実際の坐禅の時間で味わってみてはいかがでしょうか。
京都で参加できる坐禅会は、京都の坐禅会おすすめガイドと坐禅会マップからお探しいただけます。
続いて同会場で、後期展「白隠さんの禅」京都展(2026年12月17日〜2027年1月11日)が開催されます。あわせて「白隠さんの禅」京都展の紹介ページもご覧ください。



